槍ヶ岳北鎌尾根
水俣乗越-北鎌沢右俣-独標(主稜直登)-槍ヶ岳
(北アルプス南部)

2010年9月2日-4日
その1上高地-大曲-水俣乗越-北鎌沢出合
その2へ
 ちょっとバリエーション
山の手帳
北鎌尾根独標主稜直登ルート

【行程】前夜発2泊3日(北鎌沢出合幕営・槍ヶ岳山荘泊)
9/2(木):上高地--横尾--大曲--水俣乗越--北鎌沢出合(幕営)
9/3
(金):北鎌沢出合--北鎌沢右俣のコル--天狗ノ腰掛--独標--北鎌平--槍ヶ岳--槍ヶ岳山荘(泊)
9/4
(土):槍ヶ岳山荘--(東鎌尾根上部)--殺生ヒュッテ--横尾--上高地

【メンバー】夫婦2

【はじめに】
夏山行第三弾(最終)はウェストンも登った「槍ヶ岳北鎌尾根」(9/24)へ行きました。ルートは水俣乗越〜北鎌沢右俣経由で北鎌尾根に取り付き槍ヶ岳へ(独標は主稜直登)、下りは東鎌尾根を少し歩き殺生ヒュッテへ下って槍沢を上高地へ戻るものです(23日(北鎌沢出合幕営・槍ヶ岳山荘泊))。
<ウェストンと北鎌尾根>
W.ウェストンはお気に入りの槍ヶ岳には3度登頂しており、特に2度目以降はバリエーションルートからの登攀。1912年には坊主岩小屋をベースに東鎌尾根上部より間ノ沢へ下降して東稜(東鎌尾根と北鎌尾根の間の岩稜)から、その翌年には赤沢岩小屋より同じく間ノ沢経由で北鎌尾根から(このときは夫人同伴)頂に立ったとのこと。初登ながらいずれもルート上部のみで登山史上然程評価されていないようですが、百年近く前であることを勘案するとその旺盛なパイオニア精神には頭が下がります。
<今回の山行目的>
私たちは北鎌尾根の部分はトレース済みではあるものの(20029月貧乏沢〜北鎌沢右俣経由で歩いた)、ウェストンとはアプローチが異なり、彼が辿った道がどのようなものか興味がありました。ただ、ルートが正確に判明しているわけではなく、また、ほとんど情報のない間ノ沢から取り付くのは無理なので、まずは、ポピュラーな近似ルートとして水俣乗越〜天上沢下降ルートを歩き、帰りに東鎌尾根上部からウェストンの下降地点(と思しきところ)や東稜を観察してみようということで今回の山行となった次第です。
なお、独標は前回トラバース道中間の西稜に沿って直登し途中から右上したのですが、頂上を踏んだか明確でなかったため、今回は主稜を直登して確かめることにしました。

【山行記録】

0.上高地まで
9/1(水)23時過ぎに自宅(横浜)を出発、第三京浜・環八・首都高(調布)経由で中央道へ、松本ICで高速を下り30分強で沢渡大橋駐車場到着(9/2(木)240分・途中岡谷JCTで名古屋方面に入りタイムロス)。平日だが20台近い車が停まっていた。車中で2時間ほど仮眠。

9/2(木)晴れ

1.水俣乗越まで
上高地6:27--明神7:07--徳沢7:50/8:00--横尾8:45/47--槍沢ロッジ10:07/21--ババ平10:50/55(赤沢山偵察写真)--大曲11:22/25--水俣乗越12:51/13:02

()上高地〜槍沢ロッジ

明神岳 寝ぼけ眼でなんとか始発のシャトルバス(540)に乗り上高地へ、バスターミナルは珍しく観光客より登山者の方が多かった。
朝はいつも不調の妻の様子を見ながら最初はゆっくり歩き始める。日差しはあるもののうす曇、穂高(河童橋)も明神5峰(明神付近)も少し霞んでいた。昨年登った明神主峰東稜を左手に仰ぎ見ながら梓川左岸道を歩く。徳沢でトイレ休憩。夏休みが終わりキャンプ場は閑散としていた。

上高地〜横尾間はアップダウンのない平坦な道(距離が長い割にほとんど高度を稼げず)、ここで体力を使っては後半の急登でバテるため(今回は大曲〜水俣乗越)少し抑えて歩いた(つもりだったのだが)。
横尾で涸沢方面へ行く人と別れると人はずっと少なくなった。今までよりさらに沢寄りのせいか、風は心地よいし清流が涼しげでなかなか良い雰囲気。いくつか小さな沢を丸木や跨いだりして渡った後、大きな沢が二つ入ってくる。一ノ俣谷と二ノ俣谷(昔は大天井岳の登路でウェストンも上高地への下山に利用している)でいずれも立派な橋がある。ここからひと登りで槍沢ロッジ、やっと今日の行程の半分、何とかベンチの空きを見つけて休憩とする。真夏のような日差しがジリジリと照りつけ、先が思いやられる。

()槍沢ロッジ〜水俣乗越

赤沢山針峰・赤沢前衛壁 槍沢ロッジからは左手に横尾尾根(槍の代表的な冬道)を眺めながらの登り、赤沢山の岩壁が右手間近に迫る。二つのガレ沢(白沢・赤沢)を渡って潅木の中に入ると「赤沢岩小屋跡」のプレートがかかっていた。赤沢岩小屋はウェストンも槍登頂の際利用したようだが、名前は知っていてもこれまで一度も目にした事はない。表示周辺にもそれらしきものは見当たらず、探しながら歩いているうちにババ平(テン場・旧槍沢小屋跡の石積みのあるところ)に着いてしまった。

テン場には端に給水施設があり(生ぬるかった)、既に3張ほど設営してあった。目の前は赤沢山の赤茶けた岩壁、登るなら絶好のベースキャンプだろう。石積みの陰で休んでいる人に岩小屋の件を尋ねてみると、表示近くの「ハングした岩」がそれであるとのこと。帰りにもう一度確認することにして、ここでは赤沢山(針峰PVジェードル・針峰槍沢側正面壁?)を撮って先へ進む。


テン場先の潅木のトンネルを抜けると伏流した槍沢の左岸の登りとなる。頭上を遮るものもなく暑くてペースダウン。

大曲は横尾尾根支稜が左から迫り槍沢が大きく屈曲するところ、ここで槍沢左岸に乗越沢(涸沢)が出合う(乗越沢出合)。紛らわしい沢が手前に2本あって、特に直近のものは水流もあり印象に残りやすく、いつもそこを大曲と間違える。幸い大曲には道標があるためルートミスはしなかったが、こんな調子じゃ、まだ沢のバリエーションは難しそうだ。

大曲からはガレ沢(乗越沢)沿いの「一般道」を登る。入り口は乗越沢の右岸側(下から見て左)にあり、下草の多い夏は少し見難いかもしれない(ペンキ表示もあり通常は問題ないところ)。入ってしまえば踏跡は比較的明瞭、ただ、この登山道ではなく「ガレ沢」を登ってしまうと浮石だらけで苦労するようだ(北鎌沢出合であったTさんの話)。

大曲(左)〜水俣乗越は乗越沢(ガレ沢)右岸沿いの登山道を歩く、一箇所ガレ沢を渡る箇所があった(右) 水俣乗越

水俣乗越までは頭上の開けた潅木の中の急登で暑く、大した標高差ではないのに(400mくらい)辛かった。殊に二俣を過ぎてからは二人とも熱中症気味で、200300歩歩いては休憩の繰り返し。

水俣乗越は東西に細長い平坦なコルで小さいテントなら2張くらいのスペースがある(シーズン中(無雪期)幕営禁止)。道標があり、東(槍ヶ岳)、西(西岳)、南(槍沢)方向は表示がある。案内のない北面は天上沢の源頭に当たり薮に覆われてはいるが、入り口は赤テープで容易に特定できた。

水俣乗越より北面の展望
2.水俣乗越〜北鎌沢出合
水俣乗越1251/1302--間ノ沢出合1447(飛び石伝いの渡渉)--北鎌沢出合1512(幕営)

薮の中に入ってみると踏跡は明瞭だが恐ろしく急なザレ道(上部は天上沢の右岸側)、水俣乗越までの登りでヘロヘロの身体には応える下りだった(特に膝)。幸い潅木混じりの草付き、これをホールドしながら慎重に歩を進める(棘のある草もあり手袋着用が無難)。
左岸の尾根の先に北鎌尾根独標が見えはじめると少し傾斜が緩んだ、途中ミヤマトリカブト・ミヤマシシウド・ミヤマダイコンソウ等の群落があるも花の季節には少し遅すぎ、虫が多く防虫ネットを被る。

下り始めて30分弱、踏跡は右岸側の尾根に入り右隣の沢(左俣)の上に抜けた。この沢はまだ雪渓が残っており(シュルントが開きズタズタ)、今まで下って来た右俣より規模が大きい。そこから左俣左岸のザレの急斜面をスリップしないよう慎重に下る。当初下っていた右俣が左から合流し(高度計2250m)、この出合で小休止。右俣には僅かながら水流があり、冷たく美味い水で生き返った。
           北鎌尾根上部の画像

この先左岸は歩行困難となったため末端まで雪渓上を歩いた。雪渓が終わると浮石の多いガレ場、背後に二人見え隠れしていたがこちらがペースダウンしている割になかなか追いついてこなかった(ガイドツアーパーティーの別働隊(荷揚げ担当)とのこと)。

傾斜が緩みゴーロ歩きとなる。程なく左から大きな涸沢が合流する。振り返ると、天を突くような槍の直下には、雪渓の間ノ沢を左右に分かつ急峻な東稜を望むことができた。

岩を縫うようにして勾配の緩くなった涸沢(天上沢)を進む。左から水流のある間ノ沢が合流し(間ノ沢出合)、流れを飛び石伝いに渡ったあとは天上沢の巨岩帯歩きとなる。双耳峰のような北鎌尾根P7P6がかなり近くに見えているが、北鎌沢出合までにはさらに20分ほどかかった。

天上沢は出合付近では伏流しており、左岸の平坦な砂礫地は先着のガイドツアーのパーティー(10人くらい?)が陣取っていた。他にめぼしい所は見つからず、北鎌沢を一段登った手ごろな平坦地(2張りのスペース)にツエルトを設営した。前回より水は豊富で、幕営地のすぐ近くで給水できるのはありがたい(8年前は北鎌沢左俣まで登らなければならず10分近くかかった)。
17時近くに登ってきた単独者が隣のスペースに設営した(前述のTさん)。上高地をほぼ同刻に出発したようだが、大曲〜水俣乗越で道迷いし、ずいぶんアルバイトした様子(大変な目に遭ったとのこと)。
北鎌沢出合
その2へつづく 
 ちょっとバリエーション ウェストンの足跡を訪ねて 
山の手帳

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