ひょうたん池から明神岳
明神岳東稜(北アルプス穂高連峰)
2009年10月11日-12日
その1上高地-明神-ひょうたん池-らくだのコル(10/11)
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 ちょっとバリエーション
 山の手帳
明神岳主峰東稜(中央のピラミダルなピークの左のスカイライン・前穂側から)
【行程】
10/11:上高地−明神−ひょうたん池−(明神岳東稜)−らくだのコル(ビバーク)
10/12:らくだのコル−(明神岳東稜)−明神岳主峰−前穂高岳−岳沢−上高地
【はじめに】
この3連休は奥穂南稜のルンゼルート(夏の宿題)を片付けるには時期が遅すぎるので(雪渓からアプローチできず藪尾根の高巻き・ルンゼへ下降はちょっと困難)、これは再建中の岳沢ヒュッテが営業をはじめる来年以降に延期することにしました。
 
そこで、次なる候補として浮上したのが明神岳東稜。
明神岳は二年前にやっと主稜を歩きましたが南北に細長い主峰頂上は北端に立ったものの、実はその先の通常頂上とされる場所へは途中の足場が悪く行っていません。頂上の一角に立ったのは事実だし当時はそれほど気にならなかったのですが他の人の記録を見たりするとやはり悔しく再登の機会を窺っていました。
ひょうたん池からアプローチする明神主峰東稜は雪の季節に人気のあるバリエーションルートながら無雪期にも結構登られている様子。頂上直下に大げさにバットレスと冠された岩場(核心部3級+〜4級−)がありますがアイゼン登攀は困難でもフラットソールが使えるこの時期なら我々初心者でも登れそうなので挑戦することにしました。 
稜○」と「陵×」
最近、阿弥陀南稜・北稜、奥穂南稜・北穂東稜、明神岳東稜、一ノ倉沢烏帽子南稜等をネット検索すると、「稜」が「陵」となっている記述をよく見かけます。
これらは、一応、急峻な岩稜上にある登攀ルートで、その尾根は角張っているので、
「稜」が正しいことは言うまでもありません。
「陵」という誤記は、上掲のようなバリエーション入門・初級ルートに関する記録に集中しており、「阿弥陀北西稜」等少し難しいルートでは、見かけません。
そもそも、「陵」は、丘陵、天皇陵等、こんもりした丘のような地形に使われるのですが、日常生活で馴染みの深い宅地においては、「陵」の方が「稜」より使用機会が多いようです。
このため、宅地ではないのに、例えば、「みょうじんだけとうりょう」をワープロソフトで変換したり、ネット検索をしてみると、変換候補として「稜」より「陵」の方が先に出て来てしまい、これが誤字の原因だと思われます。
因みに、山岳地形では、山稜(尾根)、稜線(ピークとピークを繋ぐ尾根)等、「稜」は使いますが、通常「陵」が使用されることはありません。
私は、冒頭に掲げたような初心者ルートでも、いざ行くとなると、結構、緊張するので、検索などで、お墓を連想させる南「陵」などという記述は、何となく不吉で嫌な印象を受けてしまいます。こんなことを書くのは大人げないと思ったのですが、単なる誤字と見過ごせないほど多いので敢て取り上げてみました。
 
 ※ひょうたん池〜明神岳主峰〜前穂高岳はクライミング初心者向け(無雪期)のバリエーションルートです(一般登山道ではありません)。
道標等の表示はなく自分でルートファインディングすることが必要、難所にも鎖・梯子等一切なく(図のピンク表示部分)、ある程度のクライミング技術・経験(特にロープワーク、自分で支点を作る等)が必要です。初心者の私がこんなことを書いても説得力に欠けますが。
 
 ひょうたん池〜前穂高岳は岩が脆くて浮石・落石が多く、これに加え、ひょうたん池〜明神岳主峰(明神岳東稜)では草つきの急斜面が大半を占め、特に秋は手がかりが頼りないのに(枯れている)よく滑ります(危険箇所も多く見た目より手ごわい)。
一般的なアルペンガイド(山と渓谷社)で紹介されている前穂北尾根(クライミング入門)や槍ヶ岳北鎌尾根(長くて難しい岩稜歩き)等同様のバリエーション初心者ルートより危険だと思いました。
 
なお、明神〜ひょうたん池は一応一般ルートではありますが、表示は少なく視界が悪いときや季節によってはルートファインディングが難しくなりそうです(秋は比較的容易ですが)。
 
上図は「チャレンジ!アルパインクライミング(廣川健太郎著・東京新聞出版局)」掲載の図(積雪期残雪期のガイド)に私が歩いたときの情報をメモ書きしたものです(山行記録の内容を含め誤っている可能性があります)。
この図を鵜呑みにせず、原図を入手し十分調査の上、出かけることをお勧めします。なお、万が一事故を起こされても当方としては一切責任を負えません。この点十分ご留意ください。
 【山行記録】
 10/11(晴れ時々曇り)
1.ひょうたん池まで
(1)上高地まで
連休直前に台風が通過し冬型になるパターンだったので(10日槍穂高は初冠雪)10日はぎりぎりまで様子をみて19:00過ぎに横浜を出発。SWの噂から渋滞が心配だったが案ずるほどではなく4時間ちょっとで沢渡大橋の駐車場へ着いた(空きは1割程度・車中仮眠)。
 
上高地行きのバスは始発ではなかったものの連休中は通常より早いようで、6時過ぎには歩き始めることができた。
梓川左岸からは明神岳5峰の中腹に雲が流れいい感じ、明神が近くになると5峰の右手先には長七ノ頭も見える。この天気ならひょうたん池までのルートファインディングは問題なさそうだ(と思ったのだが・・・)。

 明神橋と明神岳X峰

(2)養魚場で迷う
立派な明神橋(河童橋と違ってほとんど人気がない)を渡って右岸へ。遊歩道を少し右へ進むとすぐにガイドマップ記載の「養魚場」があるはず。確かに、それらしき建物はすぐ見つかるが入口に「信州大学山岳科学総合研究所」「研究施設につき立入りをご遠慮下さい」の表示があり戸惑う。

 「養魚場」跡
 丸木橋
登山道は「養魚場」横を通るとあるので「施設」の敷地内に進む、ほとんど水が入っていない小さい貯水池の先(北端)に沢を渡る丸木と不安定なコンクリートのステップが続いていた。田舎の古い民家の庭先のような風情でちょっと一般登山道には見えない。

遊歩道まで引き返し辺りを見回していると軽装の7〜8人パーティーがわき目も振らず敷地を通過して行った。結局施設の人に「ひょうたん池への登山道」であることを確認した上で小さな沢を渡る。この先は部分的に飛び石伝いとなり、さらに濡れてよく滑る丸木橋で再度沢を渡る。
 下宮川谷(本谷)
渡った先は熊笹の茂み、かすかな踏跡辿ってこれを抜けるとテープやケルンに導かれ下宮川谷は比較的容易に見つかった。
(3)ひょうたん池へ
浮石の多い涸れた下宮川谷(本谷)をしばらく登る。程なく左岸の岩に「赤ペンキの丸」の表示が現れた(白ペンキの矢印もあり)。ここから右手の急勾配の枝沢に入るのだが表示がなければ見落としてしまいそうだ(一般ルートにしてはわかりにくい)。
下宮川谷本谷から右の枝沢に入る 明神岳X峰南東面の岩壁
 時折覗く明神岳5峰を見ながら急なガレ沢を登る。上部に行くほど浮き石が多くなり歩きにくくなる。源頭近くまで登り踏跡を辿って左岸側に上がると「宮川のコル」だった。
 下宮川谷の枝沢
宮川のコル 上宮川谷
「宮川のコル」周辺は頭上に5峰南東面の岩壁が迫り、行く手(北)には上宮川谷越に長七ノ頭と東稜取付のコル(ひょうたん池があるところ)が見渡せる。ルートの観察にはよい場所で、ここで遅い朝食とする。
宮川のコル付近からのパノラマ
左から宮川尾根・X峰・主稜の岩峰群・主峰東稜・ひょうたん池のあるコル・長七の頭
 
「コル」からは明神岳主稜の山腹を北に向かってトラバースしひょうたん池へ向かう。枯れて薄くなった草原の中の踏跡を辿るもので(ペンキ印やケルンあり)いくつか涸れ谷(ワデ宮川・上宮川等)を渡る。
 潅木に覆われた上宮川(2つ目の大きい涸れ谷)を渡って一段上がったところは4峰東稜末端壁にあたり2枚の遭難碑プレートがあった。
再び岩壁から離れ、ガレ場を登る。右に長七ノ頭が大きく左は明神岳の岩峰群・側稜(4峰東北稜・3峰・2峰東稜等)が一望できるようになった。
明神岳主稜の岩峰群(左からW峰東北稜・U峰東稜)と主峰東稜(右)
長七沢(ガレ沢)を渡り草つき斜面についた踏跡を登る。昨日降った雪が残っているところがあった。ちょろちょろと流水のある踏跡を辿って正面の尾根に上がるとひょうたん池がひょっこり現れた。
2.主峰東稜の登り(前編)
 (1)ひょうたん池
ひょうたん池は予想外に小さく(大きい水溜り)山上湖の様なものを想像していたのでちょっとがっかり。すぐ上の小平地はテント数張ほどのスペースがあり朝の7〜8人パーティーが休んでいた。「養魚場」スタートは10分くらい早かったに過ぎないのにかなり差がついてしまったようだ(宮川のコルからずいぶん先を歩いている姿を1度見かけただけ)。年齢は少し上の印象、流石に東稜日帰りではなくひょうたん池の往復だった。
それにしても、こんな秋晴れの日は「ひょうたん池」ハイキングもなかなか贅沢で楽しそうだ(食材を持ってきて鍋焼きうどんでも作ったらうまそう)。来年こそ、延び延びになっている「穂高池めぐり」を実現したいものだ。
ここからヘルメット・ハーネスを着用し、まずは急な草つきを登る。表示はないがしっかりした踏跡だし、ほぼリッジ通しなので今までよりかえってルートは明瞭。前穂の三本槍が印象的だった(前穂側から見るよりずっと格好がイイ)。
ひょうたん池 三本槍(東稜下部から)
第一階段
潅木が薄くなり草つき混じりの急な岩場が現れる(「第一階段」とよばれる所らしい)。
3級くらいの岩場で空身なら何でもないだろうが逆層のホールドで見た目より登り難くロープを出すことにする。

1P目は出だしの急な岩場を1段登ると少し傾斜が緩む、所々ある潅木でランナーを取りながら高度感のある痩せた岩稜を歩き、草付き岩壁の手前の大岩でピッチを切る(45m・終了点は大岩に120cmスリング3本連結したものを掛けて作った)。
長七の頭とひょうたん池を振り返る
2P目の草付き岩壁は片手で逆層の岩をアンダーまたはピンチでホールドし、もう一方は枯れた草をつかんで登ることが多く、中間部の潅木で支点を取るまで緊張した。潅木からフィックスが下がっているが(第一階段の核心)ボロボロで途中から千切れていた(何があったか想像したくない)。
壁の上の踏跡を辿ると120cmスリングを掛けるのに格好のピナクルがありピッチを切る(50m)。なお、ここでは使わなかったが草つきではバイルが有効だった。
 
この先踏跡はリッジの奥又白側(北)山腹についている。潅木があり手がかりは多いが急なので妻にスタカットで登ってもらった。
50mロープで3P登った後は傾斜が少し緩んだのでコンティニュアスに切り替える(以後らくだのコルまで)。
ラクダのコルと明神岳主峰
クリックすると拡大画像が表示されます
 ←展望の良い小ピーク(ラクダのコブ)
(3)らくだのコルへ
 常念山脈には相変わらず陽が射していたが第一階段を登りはじめてから前穂明神の東面上空には雲がかかり風も吹き始める。
寒いので手袋・ネックウォーマーを着用。時折新雪が残っている箇所もあり、行く手の状況が気になる。
ハイマツ混じりのナイフリッジに戻る。ツェルトなのでこの先は風が凌げそうな平坦地を物色しながら歩くも、尾根が痩せているか急傾斜かでなかなかビバーク適地は見つからなかった(リッジに戻る前にソロテント1張りほどのスペースはあった)。
 
 リッジを歩いていると程なく顕著なピーク(参考文献の「前穂側の展望がよい小ピーク」)が現れる。
 バテていることもあって近くに見えた割に時間がかかる。生憎前穂方面はガスっていてほとんど展望が得られなかった。小ピークから眼下の誰もいない「らくだのコル」に下りる。すぐ前にはガスを纏ったバットレス(主峰直下の核心部)がちょっと不気味、ただ一見して東面には雪はなく一安心。
 
下り立ったコルは細いし平坦なところも少なくテント2〜3張がやっとという感じの場所だった。早速ビバーク準備にかかる。いつの間にか空が明るくなり前穂方面が見えるようになる。風もなく天気は心配なさそう、ツェルトのフライシートは内張りとして使用することにした(標高2750m近い場所で夜は氷点下になるのは確実と思われた)。
  前穂高岳(らくだのコルより)
 らくだのコルとバットレス(核心部)

【山行データ】
10/11(日)晴れ時々曇り
上高地6:05−明神6:46/58−養魚場(迷う・注1)7:03/22−下宮川谷枝沢入口(注2)8:04−宮川のコル9:00/12−4峰東稜末端(遭難碑)9:40/45−ひょうたん池10:35/11:02(大休止・準備)−第一階段取付11:38/55(ロープ出す)−(50m*3P+コンテ)−小ピーク(注3)15:13/24−らくだのコル15:28(ビバーク)

10/12(月)晴れ
らくだのコル7:07−バットレス下部(注4)取付7:10/15−(50m*2P)−バットレス上部(スラブ状岩壁)取付(注5)8:15/30−(25m)−バットレス終了点8:55−(コンテ)−明神岳主峰9:30/44−(コンテ・25m懸垂下降注6)−奥明神沢のコル11:18/28−A沢下降点12:13/15−前穂高岳12:50/13:15(大休止)−紀美子平13:47−岳沢ヒュッテ(再建中)15:40/45−岳沢登山口17:20−上高地17:31

注1:ガイドマップの「養魚場」の特定に手間取った。それらしき施設はすぐわかるが、入口に「信州大学山岳科学総合研究所」「研究施設につき立入りをご遠慮下さい」の表示がある。ルートはこの敷地北端の小さい沢を丸木と不安定なコンクリートのステップで渡る(一般登山道には見えなかった)。

ステップの先は部分的に飛び石伝いとなりさらに滑る丸木橋で沢を渡る。渡った先の熊笹の中のかすかな踏跡を抜けるとテープやケルンに導かれ下宮川谷は比較的容易に見つかった。
注2:本谷から右の枝沢への入口の岩に赤ペンキの丸と白い矢印の表示があった。
注3:参考文献に「前穂側の展望が良い小ピーク」の記述のあるところ。明神岳主稜の前穂側からもはっきりわかり主峰東稜の目印になる(槍ヶ岳の小槍みたいな存在)。

注4:「らくだのコル」の先、バットレス下部には岩塔がありこれは一段登って(4〜5m)左から巻いてその先の草付混じりの浅いルンゼを登る。
参考文献(残雪期・積雪期のガイド)では「左手を巻いて難なく通過できる」とあるがかなり急、秋は脆い岩・枯れ草をホールドしての登りとなる。危険箇所なので最初からビレーして登った。
「第一階段」同様バイルが有効(草つき)。フィックスロープはボロボロで使用不可(支点のピンは使える)。フレンズ#1,#2使用
注5:スケールが小さくゲレンデっぽいが(20m強・ピンは十分にあり)、ここは本当の岩場(潅木・草付きはない)。下半分は傾斜が緩いが上部はちょっと急になる。一般的には中間部から右の凹角にルートをとる(3級+〜4級−)。ホールド・スタンスは少し細かいが左側側壁にガバホールドがありクライミングシューズだったので難しくなかった。
注6:主峰の前穂側前衛峰から奥明神沢のコルへの下りは急なので懸垂下降した(ホールド・スタンスが十分にあるが長い)。50mロープ1本だったため上部はクライムダウンし下部のみ懸垂した。

【参考文献】
1.チャレンジ!アルパインクライミング北アルプス編(廣川健太郎著・東京新聞出版局・2003年)
2.日本のクラシックルート(山と渓谷社編・1997年)
3.日本登山大系7槍ヶ岳・穂高岳(白水社・1997年)
4.山と高原地図37槍ヶ岳・穂高岳・上高地(昭文社 2005年版)

その2へつづく
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